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東京高等裁判所 昭和50年(く)84号 決定

少年 G・N(昭三三・五・一二生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は少年作成名義の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

君は審判の時に担当裁判官から、「かたよつた生活で、かたよつた心を持つているので、矯正教育での治療が必要だ」「クラスの人と柔和にやれなかつたため、集団での矯正教育が必要だ」といわれたが、何故そうなのか判らないという。そこで当裁判所は君の学校の担任の先生、学友たちのいうことや、家庭裁判所の調査官、少年鑑別所の先生がたの意見などをよく調べてみたうえ、直接喜連川少年院に出向いて、国峰武雄分類保護課長さんの意見をきき、君からも事情をきいた。そこで君のいい分にも納得できる点も色々とあつた。君は昭和四九年四月に○○高等学校に入学してから大変熱心に勉学にはげみ、授業には積極的に参加し、努力して来た。礼儀正しく、先生のいうことはよく聞いたし、友人に不真面目な態度があればこれをたしなめ、又友人に対する思いやりもあつた。下校後は真すぐ帰宅し、家の手伝いもしたし、両親に対しては柔順だつた。君の学業成績もクラスで一学期は二番、二学期は三番だつたし、三学期には自分から立候補して学級委員長にも選ばれた。だがそういう君が何故二学期後半から学校を休み出し、冬休後は殆ど学校に登校しなくなつたのだろうか。君は正義感が強く、極めて潔ぺきな性格をもつている。不真面目な学友がいれば「俺は学校に勉強に来ているんだから静かにしろ」と怒鳴りつけたりするし、教室内にゴミが落ちていれば拾つてきれいにする。そのこと自体、君は正しいことだと思つているし、われわれも決して間違つたことだと思つてはいない。併し今度の事件が何故この、君としては正しいと信じ、われわれもそう思つていることから生じてしまつたのか君は考えてみただろうか、君が日頃考えていること、やつている行動は恐らく皆正しいことだと思う。君は学友たちの中でいわゆる不良学生が授業中騒いだりして、真面目な学生の勉強の邪魔をしても、先生がさ程問題にしないので、もつと注意するよう学校側に抗議に行つたが、結局君の満足は得られなかつたのみでなく、不良学生から暴力をふるわれたこともあり、君としても不安定な学校生活を送つていたと思う。君が自分の正義感を押しとおし、自己の潔ぺきさを他人に押しつけようとすればする程、反つて学友たちの反発をかつて、馬鹿にされて浮き上つてしまつた。君が恐らく家庭の訓育からうけたであろう頑固で豊富な生活道徳感と、それに対応するクラス内の現実との差が次第に大きくなつて行つたことが、体の具合の悪かつたせいもあつたが、君を三学期から欠校させた大きな理由ではなかろうか。君は「クラスの殆どの人と仲良く生活して来たが、数人の人達とは仲良くなれなかつた。その人達はグループを作つて校則に違反し、裁室内で悪いことばかりしていた」という。そして例えばB君などは君に同情しているようだ。併し、君の学友の大半は君の協調性のなさを指摘している。君からみれば被害者のA君にしろ、そのグループの者たちにしろ、皆下らない不良学生だと思つているかも知れないが、担任のM先生からみれば、「どこのクラスにも勉強の好きな者と嫌いな者、クラスでわいわい騒ぐ者はいるし、A君は、性格はおとなしいタイプで悪気のない大勢の中の一人という感じの生徒だ」といつている。先生と生徒だから人間の見方が相違していても当然だともいえるが、この見方のゆとりの有無が、集団の中での協調性に影響を及ぼさないことはない。勿論不正、不良は許すべきではないだろう。しかしどんな場合でも果して自分が必ず正しく相手は間違つているといえるだろうか、それから仮に相手が不正であり、不良であるとしても、いささかの不正も絶対に許さないという態度はどうだろうか。君はまだ若いから社会についてはあまり判つていないところもあると思うが、社会にはいろいろな悪がある。こういう社会悪に耐えられる強じんな性格がなければ、これからの生存競争には生き抜いていけない。君は学校で色々な病原となるバイ菌の話をきいたことがあると思う。君はこの百害あつて一益もないこれらのバイ菌をどうしたいと思うだろうか。全部自分の体から死滅させてしまえばこんな幸福なことはないと考えるのではなかろうか。ところが現実は君の考えと異つて、もし無菌の人間が出来たとすれば反つて生存は保証されない。人間は無数のバイ菌を体内に宿しているからこそ生存に堪えられるという現実を君はどう考えるだろうか。担任の先生、学友たち、それから裁判所の調査官、鑑別所の先生がたは皆、君の、硬く、弾力性に乏しい性格のかたより、自己中心的目標追及と、日常の学生生活における仲間集団への適応とのくい違いを問題にしているし、又本件の原因も結局はそこにあつたと思われるが、君もその点は理解できたとすれば、今後努めて自分で直していく様にしなければならない。

ところで君の場合は、それだけのことなら何も少年院に入つて半ば強制的な矯正教育をうけなければならないわけのものではなく、今までどおりの家庭生活、学生生活を続けて行くだけで充分であるかも知れない。併し、君は今少年院にいて、果して自分のやつた行為について考え直してみただろうか。君は授業時間中、A君と口論し、先生のとめるのもきかずに教室をとび出したうえ、階段のところにあつた長さ九〇糎、太さ四糎角の角材を持つて教室にとつて返し、ガラス戸を開けて中に入るや同君の頭をめがけて殴りつけたため、同君は保健室に連れていかれる途中で倒れ、救急車で病院に運ばれたが結局死亡してしまつた。勿論君には同君を殴り殺すつもりはなかつただろうが、結局は同じことになつてしまつた。A君は大人の先生からみれば前に書いた様な平凡な生徒で、君の両親が君を今まで大きく育てて来た愛情と同じ愛情でA君の両親も同君を育てて来たに相違ない。とすれば、A君の両親の悲嘆は察するに余りがあるが、君はこの両親に何をしてあげることができるのだろうか、又君は君の両親がこの事件でどんなに悲しんでいるか、又被害者の両親に対してどんなに困惑しているかを考えてみただろうか。君ができることは一つしかない。それはこのような過去を今後二度と繰返さないように、この機会によく自ら反省し、その原因について思いめぐらすことである。そうすれば必ず原因が自分の周囲や、相手方だけではなく自分自身の中にもあること、いやそれが真の原因だつたことに思い当るに違いない。勿論少年院の環境、生活は○○高等学校のそれと比べれば必しも好転してないしむしろより不良グループが多勢いるかも知れず、不満は多々あると思う。併しここで問題なのは、そういう比較ではなく、君がこの与えられた機会をどう生かすかということだ。君がこの機会に謙虚に自ら反省し、集団生活の中で協調を見出し生き抜いていく強い性格を身につけることができれば、これは君の将来にとつて必ずプラスになると思う。そこで当裁判所は色々考えた結果、原審裁判所の決定は君に対する最善の処分といえるかどうかについて疑問がないわけではないが、君に対する著るしい処分の不当とは思われないという結論に達したわけである。

よつて、少年法三三条一項後段により本件抗告を棄却し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 矢部孝 裁判官 石橋浩二 佐々木条吉)

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